2014年12月1日〜15日
12月1日 巴〔犬・未出〕

 今日から、性奴隷への訓練がはじまった。
 高杉氏はスーツでなく、兵士のような制服を着ていた。笑いたいが、そんな勇気はない。

「まず、ここがどこか見せる」

 彼はおれに後ろ手錠をかけ、首輪をつけ、鎖で引いた。

(うわあ)

 冗談じゃなく、本気でSMをやるのだ。本当に変態さんなのだ。
 こちらはとりあえず、従うほかない。

 部屋からはじめて出た。廊下の片側は中庭に面しているようだ。
 下から日本語じゃない声がしている。尋常でない悲鳴。
 だが、顔をあげられないので見えない。


12月2日 巴〔犬・未出〕

「巴、顔をあげろ!」

 声に怒気がこもっている。
 なんとか顔をあげようとした。が、首がかたまってできなかった。

 ふざけているわけではなく、本当にあごがあがらないのだ。外に出ると、自動的にこういう姿勢になってしまうのだ。目だけあげるのが限界だ。

「……」

 高杉氏の空気がはっきりとわかるほど冷たくなった。が、彼はそれ以上言わなかった。

 鎖を引いて、エレベーターに乗った。やっと首がもどる。
 彼は小さく舌打ちした。

 ああ、心底軽蔑されてる。もう死にたい。


12月3日 アキラ〔ラインハルト〕

 巴の反応が読みづらくて疲れる。
 初日は脅しの意味もこめて、中庭とパンテオンを見せた。

 欧米の犬なら蒼ざめたり、わめいたり、吐いたりとわかりやすい。が、あいつはじっとうつむいたままだ。

 相手がレイプされていようが、四肢を失っていようが、眼中ない。自分が見つめられることのほうがこわいのだ。

 廊下でひととすれ違うたびに、肩がこわばるのがわかる。威嚇するように目が切れ上がる。
 ふたりきりになって、裸にして浣腸してやった時のほうが、あきらかにホッとしていた。


12月4日 巴〔犬・未出〕

 夢じゃなかった。
 頭のなかにアニメのセリフがアホみたいにうずまいている。

 さっきから動けない。ぼう然としてしまって、どうしていいのかわからない。

 たしかにここはSMクラブだ。裸の人間が四つん這いで歩いていた。でっかい黒人が泣いていた。

 パンテオンとかいうローマ風の建物のなかには、置物みたいに四肢欠損の人間が安置されていた。みんな、裸。

 おれも裸にされた。浣腸された。高杉さん、手馴れてた。馬の出産でも扱うみたいにケツの穴に指をいれてきた。

(……)

 もう寝よう。


12月5日 アキラ〔ラインハルト〕

「どれぐらいで仕上がる?」

 めずらしくイアンが聞いてきた。

「ちょっとまだ――督促されましたか」

「家令たちがうるさい。日本のシバは人気なんだ」

 シバ犬ね。
 おれは巴を思い、嘆息した。

 あいつは従順だ。道具を突っ込んでもわめかないし、ペニスをいじっても何も言わない。

 だが、一歩部屋を出るともうダメだ。カチカチになって、ガンダムみたいにこわばって歩く。命令無視を平気でやらかす。チキンの癖にあの自意識過剰はなんなんだ。

「その、英会話に時間かかります」


12月6日 アキラ〔ラインハルト〕

 からだは悪くない。欧米人に見劣りしない高身長。ひきこもりのくせに、なぜか筋肉は引き締まっている。

 性感はふつう。これは開発次第でなんとでもなる。顔だって、目が陰気なせいで無駄に苦みばしって見えるが、それだけに乱れてくればひどく色っぽい。

 だが、あの目のせいでサドッ気の強い客を引き寄せる。乱暴なやつにあたって、バラバラにされる。簡単にぶち壊され、地下行き。地下で発狂して、三年待たずに薬殺処分だ。

 なにがシバだ。あれはハムスターとかウスバカゲロウとかその類だ。


12月7日  アキラ〔ラインハルト〕

 おれは犯罪者を自覚しているが、好んでひとを悲惨な目に遭わせたいとは思わない。
 ましてや同じ日本の子だ。こんなアフリカくんだりでむざむざと死なせたくはないものだ。
 だというのに、

「このガキャアー! 腹から声を出せって言ってんだろ! 口をあけろ! 声を出せ!」

 巴はこめかみに青筋をたてて、何か言おうとしているが、声はでてこない。そして、すぐにあきらめる。

「あきらめんな! どこ見てんじゃ。目え見ろって言ってんじゃろーが!」

 怒りで訛りが出るわ。


12月8日  巴〔犬・未出〕

 訓練がしんどい。
 なるべく波風たてないようにがんばっているが、ひとには出来ることと出来ないことがある。

 ケツの穴に指をつっこまれるまでは、我慢すればすむこと。最悪、ぶちこまれても数分の辛抱。

 だが、挨拶って何? なんで返事しなくちゃいけないの? ドッグって言ってるよね? 犬、返事する? 

 そう言いたいが、そもそもそれが言えるなら、返事ひとつでつまづかないのだった。

 ああ、おなか痛い。高杉さんがこわい。あのひときっと広島のヤクザかなんかだ。


12月9日 巴〔犬・未出〕
 
 今日は別の男が部屋に連れに来た。
 外人だ。イアン・エディングスと名乗った。

「アキラは忙しい。今日、一日おまえの面倒を見てやるが、おれは時間がない。不服従はゆるさん。わかったか」

 返事、と凄んだ。

 ――イエス・サー。

 言ったはずだったが、彼はいきなりビンタを張った。衝撃で目の前が白くなった。

「声が聞こえない」

 頬の痛みにぼう然としていると、反対側の頬を叩かれた。

「返事」

 おれは必死にのどから空気をしぼりだした。だが、今度は蹴りで足もとをかっさらわれた。

「聞こえない」


12月10日 巴〔犬・未出〕

 ボコられたのははじめてだ。
 靴先でみぞおちを蹴られると、息がつまってからだが簡単に痺れあがる。

 エディングスという暴力外人は、なにかといちゃもんつけては人を蹴り転がした。
 返事しているのに、何度も詰問する。怒鳴る。

 胃液と血を吐きながら、ばかばかしくもハートマン軍曹の動画が思い出された。
 あれでもあったよな。人を殺すような声で叫べって。

 おれはさけんだが、声は出なかった。彼は認めなかった。蹴りがやまず、おれは必死に彼の靴をつかんだ。


12月11日 アキラ〔ラインハルト〕

 イアンに預けて三日。様子を聞いてみた。

「……」

 イアンは首をかしげている。

「英語、わかる?」

「ええ、まあ」

「じゃ、頑固か。まったくしゃべらないんだ。鍛えられていないし、震え上がってるはずなんだが、ストリートの悪党みたいに薄笑いして、唾を吐くんだ」

 イアンには多少痛めつけてもらった。悪い刑事の役だ。
 たぶん、唾を吐いているんじゃなく、空気が出ているのだろう。

「本当に口が聞けないんじゃないか」

「それはないです」

 それはない。やつがセルで鼻歌を歌っているという報告がある。


12月12日 巴〔犬・未出〕

 今日もまたチンピラ外人が来るのかと、胃の痛い思いで待っていたら、高杉が来た。

「お、男らしい顔」

 おれの顔はパンダ状態。外人は顔は蹴らなかったが、床に倒れた時、額にこぶができた。内出血が目元に落ちて、人生最大ワイルドな面構えになっている。

「イアンは元傭兵だ。バカにすっとこええぞ」

 バカになんかしてません。あの方がひとの話をきかないんです。というか、またあいつが来るんですか。おれは懇願したかった。高杉に助けてって言いたい。伝えたい。

「ッた……すぎさ、ぬ」

 噛んだ。


12月13日 巴〔犬・未出〕

 しょっぱなからどもった。わっと耳まで熱くなった。
 動揺し、言葉がつづかない。

 ダメだ。やっぱり無理だ。

 だが、高杉はにわかにからだを横に向けた。

「はいはい」

 バスルームのほうを見るふりして、視線をはずしてくれた。
 おれは息を吐いた。

 そうだ。言わなくちゃ。もういいかげんに言わなくちゃ。どもっても、なんでも。

「た……つけて、ください」

「うん」

 高杉は笑わなかった。おれは言った。

「おれ、ひとと、話すのが、にがて、で。――こわい」

 なぜか、突然涙がわいた。


12月14日  巴〔犬・未出〕

 奥歯を噛み締めた。
 ひとこと話すだけで泣き出すってなにごとよ。

 だが、みっともなくも息がふるえてしょうがなかった。完璧に異常者。

 だが、告白したのははじめてだ。みんなが気づいているし、どうみたって隠せていない。なのに、口に出してさらけだす勇気がなかった。こうして泣き出すのがこわかった。

 やっぱり涙がこぼれてしまった。あわてて口をおさえたが、嗚咽があふれてしまった。

 最悪だ。恥ずかしい。死にたい。


12月15日  巴〔犬・未出〕

 何も言わないでくれ、と切望した。ティッシュとか出されたら、おれ切腹する。

 だが、高杉は言った。

「おまえ、いつも何歌ってんの」

「?」

「部屋でフンフンなんか歌ってるよな」

「……」

 おれはちょっとホッとして、歌の名前をあげた。

「知らんな。誰の歌?」

 高杉は知らなかった。関心もないようだ。

「つまりさ。歌えるならば、リラックスすりゃ声は出るってことだ」

 おれはひるんだ。いま、おれに歌えってのか。

「披露しろとは言わんから、歌っておけ。使わんと咽喉の筋肉も減るから」



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